その他、宮崎県立芸術劇場のオルガンを作った時の画像です
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建設現場を遠望する。
オルガンが入る空間の工事が終了していることをオルガン搬入の条件としていた。
オルガン搬入の時点では 音楽ホール(現 アイザック スターンホール)の内部の工事は一応完了していた。
他の工事はいまだ進行中、当初はトイレも使えない状態であった。
作業を終わり、ホールから出ると日々その景色は変化することにおどろいたものである。 |
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オルガン設置空間の工事は終わっているはずではあったが、手直し工事、調整、検査、試験、などということで我々の作業はしばしば中断した。
左の画像でも左右の2,3階席に足場が掛かっている。 この時期はまだ音を出す作業ではないので支障は無かった。 この頃であったと思うが、火災報知機の試験が行われて一日中電子音の警報が鳴り続いたのには閉口した。
整音作業の最中にスピーカーの試験調整を行いだした。 オルガンの中から怒ったところ、よりにもよって大音量でホワイトノイズをスピーカーから送出した。
私があまりにも激怒していることにモニターで気付いたのであろう、ホール職員が駆けつけてきて仲裁に入ったことも思い起こされる。 |
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オルガン完成後ホールの音響試験が再度行われた。 音響設計はヤマハ音響研究所であった(現在は組織が変わりこの名称は使っていない)。
ヤマハがオルガンを入れたホールではホールの工事と平行してオルガンを組み立ててしまうため、オルガンがホール音響に与える影響を測定できたことが無かったとのこと
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私にとっては工事完了後オルガンを搬入するのは当たり前のこと。 輸入商にとっては、発注を受けるためには原則を踏み外してでも、発注者側の意向に合わせてしまうのだ。
中音域でオルガンが大きく吸音するという結果の原因を探るためにいくつかの実験が行われた。 左の画像はその一部、オルガンの開口を減らしての測定。 |
撮影:須藤 |
これは、ホールの設計のためにヤマハ音響研究所で行われた模型実験の様子。 オルガンの設計もある程度進んだ時期であったと思う。
1/10の模型と記憶している。建築の形状はもちろん、座席の吸音率まで配慮して作られた模型である。
模型に合わせて波長が1/10になるように10倍の周波数で実験する。 スピーカーもマイクも超音波領域で使えるものを使う。 1時間の音楽は6分で終了。
超音波で録音した結果を10倍ゆっくりと再生するとこのホールでの音が聞こえるということだそうだ。
どこまで音楽的に判断ができるのかは疑問だが、建築のくせなどを見つけるには有効なのであろう。
測定時には窒素を充填して(理由は残念ながら失念)行う、酸欠で窒息しないよう測定器を体に付けて作業にあたるそうだ。 |
撮影:須藤 |
前記の模型実験に使ったオルガン模型。
これはオルガンの形だけの模型であるからどれほどの意味があるのか疑問に思う。 オルガンはそれ自体発音体でありながら強力な吸音体である。
模型でそれを実現することは困難であろう。 |
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譜面台の照明
思った照明器具が市場に見つからないので作っています。
真鍮の角パイプを切り、その両側と真鍮パイプの足を銀鑞付けにて封鎖して本体を作ります。
ソケットは燐青銅板から切り出して製作。 ガラスエポキシ基盤に半田付け。 電球は自動車用室内灯12V10W x5個を使用しています。
当然トランスが必要になりますが、感電の心配もありません。 |
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作業の合間に皆で 宮崎県宮崎郡田野町八重の矢澤金太郎さんの
指物工房 矢澤
へおじゃましました。
矢澤さんは一時期フランスでオルガン製作に携わっておられました。 今でも彼は、オルガンで得たものが役に立っていると言っておられます。
左の画像は、我々の質問に応えて、やりかんな を実演ながら説明をしてくださる矢澤さんです。 |
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矢澤さんの工房の一部。
手前に作業中の階段箪笥、 その向こうは各種の鉋、鋸などが掛かっている。
私は、矢澤さんは家具を総合的に考えられているように受け取っている。 木工だけでなく蝶番などの金具類も鍛造される。
拭き漆の作業もご自分でなさる。
工業製品に安易に頼ることでは工芸作品は生まれてこない。木工はするが、金具などには無頓着な木工家や建築家が多い日本にあって貴重な存在である。
彼の工房には色々な工夫があり、作品展示室も落ち着いた美しい空間である。 トイレに至るまで見ていて楽しい。 |
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