パイプ材料は音色に影響するか?

 

オルガンのパイプは様々な材料で製作されている。  金管 と 木管 は大きく異なる。 この場合構造も構造も異なるだけでなく、木管は独特な音色を呈することは多く知られているためほとんど議論の対象にはならなかった。

金属管は伝統的には錫鉛合金が使われる。 最近はまれながら、亜鉛や銅で作ったパイプもある。

「パイプの材料は音色に影響しない」 と主張する方も多いのだが、私は影響すると確信している。
ある程度の理論的説明は可能、経験的には事実です。

パイプは発音体ではなく、パイプに囲まれた気柱が発音体。 パイプは気柱を形作るための枠に過ぎない。
パイプの内部の気柱はそのパイプ内部での位置により
   圧力振動をしている部分(圧力の腹、同時に運動の節)と
   運動振動をしている部分(運動の腹、同時に圧力の節)がある。
   そしてその間には、その中間の部分がある。
これらの「節」と「腹」の隔たりは1/4波長となる。
単純な物理的な説明でしばしば目にするところである。 

パイプが気柱を形作るための枠に過ぎないく、気柱の震動が単純に気柱の中だけで完結するのであれば単純である。
であれば、パイプの材料は音色に影響しない、議論の必要はないであろう。
パイプの材料に弾性が無いのであれば、またパイプが完全な円筒であれば(圧力に対して最も強靭な形状)、気柱の震動モードが単純に気柱の長さ方向のみであれば、パイプの材料は内部の気柱から影響を受けないと考えてよいであろう。 しかし、これらの条件はいづれも満たされることはない。


気柱だけでなく、パイプ本体も振動していることは観察されている。 特に低音パイプにおいては顕著に観察できる。
低音パイプはその太さに比して壁面の厚さが薄い さらに 低音は聴覚が鈍くなる (フレッチャー・マンソン等ラウドネス曲線として知られている) のでパイプはより高い音圧を発生しなければならない。低音ほどパイプ壁面の振動が観察されやすいことは理解できる。
(Principal 16'の低音パイプは直径200mmを超える、パイプの厚さは2mm程度、径の100分の一、一方Quinte 1 1/3'の最高音部は直径4mmほど 板厚は0.4mmほど、径の10分の一)

パイプ壁面が振動しているとすれば、その壁面振動はパイプ材料によって変化するであろうことはも推察可能である。
開管の低音パイプにおいて、パイプに抱きつくと良く鳴るようになる、 あるいはLehne(パイプ支え)にしっかりと固定すると鳴りが良くなる これらのことは多くのオルガン製作者が経験的に知っている。

開管の低音パイプでは、弱く鳴らすのは問題がないが音量を得ようとすると まともに鳴らなくなる、あるいは 音揺れが生じてしまう これらのこともしばしば経験する。

低音においても残響が大きいヨーロッパの教会では問題は少ない。日本のホールでは低音の鳴りが悪いという経験をしたヨーロッパのオルガン製作者は多い。 それは残響の大きいところではパイプの音量は少なくて済む、一方、残響が少ない場合、聴衆に同じ音量で聞かせる為にはパイプから出る音量は大きくなければならない。 パイプ内部の気柱の震動が強いということはパイプ壁面の振動も大きくなり、その壁面振動はパイプの鳴りに影響していると考えられる。

それらの問題を解決するには
パイプ壁の厚さを厚く作る、 パイプ壁面に重りを追加する、 パイプ壁面を反対側の壁面と金属棒で繋ぐ などが効果を生じる。 これらはの方法は全てパイプ壁面の振動を抑えるあるいは、壁面の振動状態を変更する処置である。

一方、閉管においては前記のような問題は経験することがない。 それは閉管の圧力振動の腹は閉管の端部、すなわち頭の部分である。最も圧力振動の影響を受ける頭部は金属円盤が半田付けされていて管体の振動は強く抑制されているからであろう。  閉管は一般的に開管(主にPrincipal類)ほど音量を必要としないということも理由であるかもしれない。

比較的小さなパイプ長さ150mm程度の木閉管を作って実験したことがある。
前後は木製、左右板は意図してボール紙で製作。
弱く鳴らしている間は非常に奇麗になっていた。多少音量を上げてやろうとするとスカスカな音になって、まともに鳴らなくなる。両側に板をあてがってやるとまともに鳴る。 壁面の柔軟性が気柱の振動にある程度の振動の強さまでは良い影響を与えているようであるが、その程度を過ぎると壁面の柔軟性が振動の維持に妨げとなるようである。

低音パイプにおいてこれらの事象は顕著である。 高音パイプは前記のとおり低音パイプよりはパイプ壁面は振動しにくい。したがって影響は少ないであろう。 しかし、低音パイプにおいてパイプ壁面の性状により大きな影響があるということはその他の音域においても多かれ少なかれ影響があることを示していると考えるべきであろう。

パイプ壁面の振動を観察すると場所によって振動の様子は異なる。パイプ管体固有の共振と気柱が発する周波数との関係、管体の共振モード などが関係していそうである。管体の震動が気柱の共振に寄与することもあれば、邪魔をすることもあるように感じる。 事実、パイプ壁面を反対側の壁面と金属棒でゆるく繋ぐと良く、半田付けで固定するとかえって良くない結果となることがある。ある程度の振動を許容するとその振動はパイプの鳴りに協力してくれるようである。
管体振動時のヒステリシス損は異なり、振動に影響することも考えられる。鉛はヒステリシスが多い事で知られている。

実際のオルガンで異なる材料でパイプを作ってその違いを検証することができれば良いのであるが、実際には難しい。まして定量的にその違いを表現して説得力のある表現にするのはさらに難しい、ほとんど不可能であろう。
なぜなら、
全く同じ環境で二つのパイプ列を鳴らすことは難しい。 例えば一台のオルガンに同じメンズールで異なる材料でPrincipalを2列を設けて比較するとする。2列のパイプを交互に比較することができるのは利点であるが、さりとてオルガン内でのパイプの位置は同じではない、風の通路には違いがある、整音を同じようにすることを目指しても全く同じ整音にはなるとは到底考えられない。

ひとつ経験的に
Trompete 8’ 低音1オクターヴは共鳴管を銅、小文字cからは錫鉛合金で製作したことがある。
銅と錫鉛の共鳴管の境目はあきらかに音色が異なっている。整音で均すことはできなかった。
リード管の場合共鳴管の材料が顕著に影響するのかもしれないが、影響があることは事実である。

「気柱が発音体であるから、管体の材料は音色には無関係である」というのはあまりにも単純な物理である。パイプの鳴り方はかなり複雑な物理現象と思われる。
理論的に
解明するの容易ではないであろう。 気柱はどのように振動しているのか?単純に長さ方向だけの振動なのか?
気柱の振動がどのように管体に結合するのか? 管体が振動した結果がどのようにして気柱に帰還されるのか?
管体の共振はどのような形態(振動モード)で生じるのか? 疑問は尽きない。

整音作業に伴って経験する現象と、前記のような幼稚ではあるが理論的考察から
  「パイプの材質は音色に影響する」
     と断言して間違いない。

このようなことは到底一オルガン製作者が解明できる課題ではない。 理論的に解明し、そしてオルガン製作者がどのように対処できるのかを示してくださる研究者が現れることに期待したい。

 


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März.2018