オルガンと地震 VII
東日本大震災 被災状況 III
仙台 東北学院大学 宗教音楽研究所 紀要第16号
寄稿:今井 奈緒子所長 より日本オルガニスト協会・日本オルガン研究会共催で仙台市で開催された
「東北へ行こう」 の集まりは
2012年4月29日 辻オルガンによる演奏会、その後懇親会
翌30日には 石巻遊楽館館長と職員による解説を交えた被災地見学会
午後からは 今井奈緒子氏による講演、その後新人演奏会
と盛り沢山であった。
初めて日本オルガニスト協会・日本オルガン研究会共催で会合が開けたことは意義深く思う。
今井奈緒子氏の講演の骨格はこの紀要に依っている。
紀要よりの引用をご快諾頂いた今井氏に感謝したい。
紀要をご希望の方は
今井氏(nimaiアットマークizcc.tohoku-gakuin.ac.jp)へ
お問い合わせください。大学チャペルにあるアルフレッド・ケルン工房(フランス)製作のオルガン(48音栓)の被災とその修復に関する報告書。
このオルガンは1988年に松尾楽器商会が輸入設置したものである。
近年になって保守点検はケルン社が、リード調律はヤマハが担当するようになった。 オルガン設置時の耐震判断・対策にはヤマハは全く関与していない。
ヤマハの都留氏に聞くところによると、このオルガンの設置半年後にヤマハが設置した秋田アトリオン音楽ホールのオルガンにおいては異なる構造による後部壁面アンカーを使用しており、建物とオルガンを強固に緊結しているとのことである。
今井氏はオルガニストであり、初期の調査と報告を迅速になさっておられる。そして、オルガン製作者とは違う目線で、修復作業に至る経過と進行と対処について良く観察されて記録しておられる。今井氏、ヤマハオルガン担当者、ケルン工房の迅速かつ密な連携が効を奏して修復作業がはかどったとのことである。
このような、記録は多くのオルガン管理者の参考になるだけでなく、新たにオルガンを入れる際の参考にもなる。 他のオルガン、特に被害が大きかったオルガンの被災記録と修復報告も公にされることを期待したい。以下の指摘は、オルガン内部を観察したのではないので、理解に間違いがあるかもしれないが、紀要を読んで気になるところを記すことにより、より良い対策に資することとする。
オルガンを組み立てた当時、アンカー打設は建築工事業者が行ったようである。
1989年このオルガン完成以前に建築関係では、『最も信頼できる後付けアンカー』としてケミカルアンカーは知られていた。 ビニルプラグアンカーを選定したということは、地震対策は当時念頭にはなかったのであろう。
従来のアンカー痕にケミカルアンカーを後から打設するのは芳しくないことは判る。 この鉄骨の固定が大切なのであれば、断念する前に考えるべきことはあったと思う。(紀要には、この鉄骨を堅固に固定するとかえってオルガンに破損がくることが懸念される、と記されている。私見ではあるが、ペダルタワー上部の固定方法と相反するように思われる)
木柱部に追加した補強の配置は、より良い配置があったと思う。左右のペダルタワー上部に追加した固定は強固過ぎるかもしれないが、オルガンの倒壊を防ぐであろう。 総合的には、充分な処置と思われる。
批判的なことを列挙したが、
私は、建築への固定もオルガン製作者が行うべきであると主張したいのである。
オルガンの構造、重量配分、メンテナンスとの関係 などを知っているのはオルガン製作者である。 真にオルガンに心を留めて作業をするのは建設業者ではない。 アンカーがどれほどの強度を要するかを体感しているのもオルガン製作者である。 オルガン製作者は夢の中でも考えている、業者は一瞥して対策を助言する、信頼できるのがどちらかは自明である。
自分の場合、鉄骨の溶接から、アンカーの打設、ナットの締め具合まで自ら行うことによって安堵する。
重症パイプの修理はフランスの工房へ持ち帰って行ったとのこと。良い修復作業をするために、工具・設備の整った場所で落ち着いて行うのは正しい判断と思う。 早く帰りたい一心で作業するようなことがないよう、そして馴れた工房で作業できるようにすることも親方の配慮であろう。来日しての作業は持参できる材料や工具も制約があり不便で困難なことであったであろう。
習志野文化会館のオルガン 正面パイプの補強
ヤマハのオルガン担当 都留氏の考案になる方法。
地震発生当時オルガンのメンテナンス中で、オルガン上層部に居た作業員(都留氏はここには居なかった)は恐ろしい体験をしたようである。 オルガンは事実上損傷を免れたが、ホールは損傷を受けて閉館を余儀なくされた。 ホール修復の機にオルガンも地震対策を行うこととなったそうである。パイプを降ろすこと無く正面パイプ落下を防止する策として、都留氏は パイプにパイプと同種の金属の帯を巻いてパイプ後部に固定する方法を案出されている。 完成したオルガンに後から補強を施す方法としては秀逸であると考える。
ホールの修復に伴い立てられていた作業足場からこの作業を行っているが、必要となればオルガン内部からこの方法を採ることも可能であろう。
これらのパイプを上部から吊ることができれば、より確実であるが、吊り元に堅固な部分がない場合や、このホールの場合のようにパイプを降ろすことが非常に困難でかつ危険な場合には、この方法は薦められる対策と考える。自分にはこの発想は無かった。
この帯は正面から見えるので目障りになることが心配されたが、危惧するほどのことはなかったとのこと。 写真を見てもたしかにそのように感じる。
音に影響するのでは?との心配を漏らす声もあったようであるが、良い方向に影響はあったが、悪い影響は感じられなかったとのこと。 比較的薄い金属板で作られた現代の低音パイプではそのような傾向になることは想像に難くない。二つ、私が心配することを述べておく。
補強帯の固定に 木ネジを使用しているようである。 帯の材料はパイプと同じ錫鉛合金である。 ワッシャは使用しているようであるが、帯のネジ穴部分に補強材を半田付けして使うべきであった。
私も苦い経験をしている。 地震対策を始めた初期にはパイプを吊る際にパイプに補強を入れずに吊り具をパイプにネジ止めしていた。 比較的短時間でネジ穴は引きずられて伸びてしまった。 再度パイプを降ろして補強材を追加半田付けすることを余儀なくされた。やわらかな金属であるので容易に伸びてしまう。
3〜40mm幅と思われる帯のネジ止め部分にはネジ穴が2つあいてさらに弱くなっている。 地震で大きな力が加わった時に破損しないようにネジ止め部分に補強を施しておけば信頼性は格段に上がったことであろう。帯を固定している先はパイプの寄りかかり固定板(【独】Lehne)である。 おそらくこの板は合板であろう。 木口にネジ止めするのは感心しない。 そしてパイプ固定板に全てのパイプからの地震動が加わることになるのも感心しない。 帯をオルガン内部で寄り掛かり板ではない別の場所に固定できれば良かった。
ヤマハの都留氏によれば、建物修復工事期間中に3日間で 作業を完了との要請の制約があった。内部からの16’フロントパイプへの接近が困難であ ったためにこの方法を採ったとのことであった。 作業には常にいろいろな制約が伴うものである。オルガンには被害が無かったにも関わらず、補強作業を行えたことは都留氏の努力に負うのであろう。 彼が必要性を訴えたからできたのである。
私の経験でも、待っていて耐震作業の依頼が来たことはない。
おそらく検討はされたと思うが、これらの16'パイプは長さを継ぎ足しているようである。 継目のすぐ下での固定で上部脱落の心配はないのであろうか?他所の作業に批判めいたことを記しているのは心苦しいが、考察を巡らすと問題を感じないことはない。
自分にも多くの失敗があった。作業終了後に問題に気付いたことも多々ある。都度見直して現在に至っている。
過去の作業を振り返って自ら批判をして改良をしてきた。そもそも自分は芸予地震で16'パイプを失うという大きな失敗をしている。
今まで私の方法に批判をしてくれる人は残念ながらいなかった。 お互いに切磋琢磨して前進したいと思う、ご容赦願いたい。
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