オルガンと地震 V


東日本大震災 被災状況 I


2011年3月11日に発生した【東関東大震災】により多くのオルガンが被害を受けました。
当工房関係のオルガンも多かれ少なかれ被害を受けました。 幸い人的な被害をもたらさなかったことは不幸中の幸いでした。
被災された多くの方々のいたみ、わけても命を失われた多数の方々の無念に心を寄せて祈ります。

横須賀の工房でも大きな揺れを感じましたが、被害は受けませんでした。
震災直後より、気にはなりましたが、オルガンについてお訊ねすることは、迷惑をお掛けすると思い、御連絡を頂くのを待ちました。
3月16日までに当工房関係のオルガンの状況が徐々に判明いたしました。
当工房製作の 中新田(加美町)バッハホール、仙台白百合学園 のオルガン
当工房が保守を行っている 宮城学院 礼拝堂 及び 音楽ホール のオルガン
白石Cube のオルガン いずれも 正面の大きなパイプの脱落はありませんでした。
各ホール、学校の担当者が積極的に状況を知らせて下さったのです。
地震直後、「真先にオルガンを見に行きました」という担当者もおられ、この災害の中オルガンを大切に思って下さっていることをうれしく思った次第です。

内部のパイプには多かれ少なかれ損傷があると思いますが、事態が落ち着いてから 調査に向かうことと致しました。

他所では大きなパイプが落下したとの報もあります。
芸予讃地震の時に自分製作の楽器で事故を経験して以来、機会がある毎に 地震対策の必要をうったえて、これを実施させていただけたこと、そしてそれが効を奏していたことは幸いでした。 時には、うったえる以上に強い表現で要求したこともありましたが、それは間違っていなかったと思うのです。 8'の正面パイプですら、落下したら人命にかかわる事故になるのです、まして16'のパイプであれば危険は大きくなります。

阪神淡路大震災の時の 甲南女子大のオルガンのようにオルガンが崩壊すれば、演奏者は生き延びられないでしょう。

 楽器の性質、特にパイプが錫鉛合金製である故に、楽器が全く損傷を受けないということはほとんど考えられないのであるが、楽器が人的な被害をもたらすことだけは避けたいと思っている。

 専門的な内容も含まれるが、以下に被災状態を観察した結果を記録して、諸賢の参考に供する。

 先方に迷惑になることがあってはいけないので、道路、燃料、食糧・宿泊などの様子も見ながら待機しておりました。 4月に入って徐々に各方面からオルガンの状態調査の依頼が入るようになりました。 4月12日から4日間の予定(現地で延長を決断6日間となる)で現地へ向かいました。新幹線は不通、補修痕が多く残る東北自動車道を車で北へ向かうこととなりました。

車中泊も覚悟して、寝袋・キャンプ用品・水・食糧も積み込み、 現地で応急処置ができるように工具や多少の材料も積み込んでの出発でした。
破損したパイプを持ち帰ることができるように車上部に平面を作り、毛布なども準備しました。


中新田バッハホール(宮城県加美郡加美町)

 当工房1984年製作 2001年オーバーホール実施、オーバーホール実施中に芸予地震(震源 広島県呉市沖の瀬戸内海 M 6.4)が発生

松山市北条の聖カタリナ学園の当工房1982年製作のオルガンが被災した(詳細は「オルガンと地震I」)。

 現地調査の後、中新田バッハホールに戻り、このオーバーホールの予定にはなかったが、急遽正面パイプの落下防止対策を施した。
このような対策は通常の定期調律保守の範囲では到底実施できないので、この機会を逃してはいけないと考えたのが、今回は幸いしたことと思う。

 電柱が傾き、橋の継ぎ目などに段差がある道路を通ってホールに到着。 ホールの周囲の地盤は沈下して、30年馴れ親しんだ通用口の階段の段差が大きくなっており躓くほどであった。 館は空調ダクトの損傷、吸音壁の損傷などが見られたが、肉眼的には比較的状態は良いように感じた。

 早速、オルガンの調査に入る、予め用意した用紙の調査項目を順に当たって行くが幸い損傷は少ない。 ロープで吊るした吹子の重りが揺れて内壁に疵を作っている程度であった。 パイプの脱落はない、少数パイプの転倒はあったが損傷は事実上なし。 大きなパイプの支え部分に凹みも生じていない。

各Werkの吹子を止めて、慎重に送風機側から順に風を入れていった。

左画像のように、風量調整弁と吹子の浮板を繋ぐ紐が2か所で滑車から外れていただけで、他には問題は見当たらなかった。 ホール担当者が送風機を入れずに、点検を待っていて下さったのは正しい判断であった。電源を入れていれば吹子への調整弁付近で何らかの破損が起きたことであろう。
地震の規模と比較すれば、損傷なしに等しい状態であった。

オルガンは即使える状態となり、午後から始めた調査であったが、夕にはホールを後にすることができた。 地震による粉塵は楽器内にもかなり入っているので、次の定期調律保守の折に掃除を行うことを記録した。

ホールスタッフの話では、中新田町内より、となりの古川市街(現大崎市)は被害がはるかに大きいとのこと。 中新田は何らかの影響で比較的振幅や振動の加速度が小さかったのであろう。さらに地震の振動がパイプに損傷を与えにくい方向であったのかもしれない。

震度が同じでも被害の程度には大きな違いが出る。振幅だけでなく、揺れの方向、、加速度の大きさ、振動周期 などが複雑にからみあって被害の程度に影響するのであろう。

                                           Juni.2011

【追記】 4月21日 震災後最初の定期保守、一日は埃の除去に費やした。

大きくくるっている音がいくつかあった。
【左画像】 木管が回ってしまい
、歌口が隣のパイプに向いてしまった結果ひどく音が下がっていた。

閉管の調律蓋が下がってしまい音が大きく上がっている音もあった。

 


仙台白百合学園学園 聖堂

1998年 当工房製作。 外観からは問題がない、しかし 送風機は電源を入れるとかなりの風漏れがあり、鳴らない状態との知らせを頂いていた。

 午後遅く、到着。 用意した用紙の調査項目を順に当たる。 本体の位置が多少ずれている。 床が天然石でひびを入れることを恐れて床にはアンカーを打たなかったのだ。

正面パイプの脱落はないが、残念ながら左画像のように、パイプ支えの部分に凹みが生じていた
(Montre8' C,Cis)。 パイプの材料(錫鉛合金)が非常に柔らかいので地震の揺れの方向によってはこれはさけられない。 支えの接触面積を大きくすれば軽減できることではあるが、現実的ではない。 この程度では発音や音色には影響は出ないが、いずれ修理・整形したいことである。

オルガン内部では上の画像のように一部のパイプが外れていた。 実長4'領域のFまではLehne(パイプを寄りかからせて取り付ける支え、比較的上部で支えられる)で支えるようにしているが、これらはそれよりも短いのでRaster(パイプ足をはめて支える板)に入っていた。 事実上無傷、音にも影響は無い模様であったので、パイプを戻すだけで復帰した。

オルガン屋根上の転倒防止対策は無事であった、緩みも見られなかった。 高さに比して奥行が薄い楽器であるので、これがなければ転倒していたことであろう。

 

地下の送風機室では、吹子やぐらの位置が2-30mmずれていた。 ここは防水床であるのでアンカーを打つことができなかった、置いてあるだけであった。

吹子の損傷は見られなかった。吹子の重りは吹子の内部に入れてあるので落ちることはない。

観察をしながら、送風機を入れると、吹子(計3台)には異常は感じられないが、はでに風が漏れている。 地下の送風機室から上がって、オルガン本体裏の床から出てくる送風管の継ぎ目にひび割れが生じてそこから風漏れ。 オルガン本体と、地下の吹子やぐらの双方が動いたためにこの部分で損傷が生じたのであろう。 位置のずれを修正することは短時間ではできないので、羊革にて目貼りを行って復帰。

従来より送風管の変位は予想し、接続部分には羊革による目貼りを施していた。羊革の柔軟性が多少の変位は吸収してくれると思っていたのである。 これほどの変位は想定していなかった、今回学んだことの一つである。

手鍵盤部分はメカニズムの多少のくるいを調整して復帰。
ペダル鍵盤部分は、鍵盤上の鉛製の重りが落下してメカニズムを3本ほど損傷、即修理。
  ペダルの音栓を引くと、はでに空鳴りをする。本体とペダルの風箱の位置関係がずれたのが原因であろう。 これも調整して復帰。

時間制限の中であったので、調律のくるいは今回は見過ごさざるを得なかった。

少々遅くなったが、使用はできる状態に持って行けた。 卒業式や入学式に使えると喜んでいただけたのはうれしかった。

この楽器を組み立てたのは、聖カタリナ学園のオルガンが被災する前であった(詳細は「オルガンと地震I」)。 今であれば正面の 8'パイプはC-Fで6本程度は天井から吊るのであるが・・。 聖カタリナ学園の事故があってから、不完全ながら正面パイプの脱落防止対策を行っていた。 次の機会にはさらに確実な対策を行いたい。


 

聖ウルスラ学院 聖堂

 当工房2001年製作。 聖カタリナ学園のオルガンが被災する前の完成。 その後正面パイプ脱落を防ぐ手立てはある程度行っていたが・・・

 残念ながら、本震ではなく余震で最も小さな正面パイプが脱落してしまった(左の画像中央部上の矢印、オルガン内部から正面パイプの裏を見ている)。 

 下の矢印部分では、内部パイプであるが、正面パイプと一緒に揺れたパイプの背に凹みが生じている。 この程度の凹みは型さえあれば容易に修復できる。

 他には内部管の損傷は皆無であった。
手鍵盤部のメカニズムは問題は無さそうに見える。
楽器本体の位置にずれが生じて、ペダル鍵盤部との位置関係がくるっている。

 時間の制約の中であったため、この楽器は手を付けずに、脱落した正面パイプを持ち帰ることとした。 現在使用できない状態。

この楽器は、
2008年12月16日に2002年5月以来、実に6年ぶりにメンテナンスを行えた。 その時の記録に 《次回持ち越し事項》として 以下の記述がある。
「Prospektlehne補強材 630(Rückwand側足込み)x ca.30x20 2本 固定ネジ。
(Trompeteを入れる時には邪魔になるかもしれない、TrompeteのLehneとの関係などで解決)」 記述終わり

すなわち、2008年の段階で対策を講じる必要を認めて、次回には材料を用意して補強を行えるように記録に残していたのである。 残念ながら定期的なメンテナンスを行うことはかなわなかったためにこの記録は今回の地震には間に合わなかったのであった。

2011年夏に修復作業を終了している。


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Angefangen Mai.2011