オルガンと地震 VI


東日本大震災 被災状況 II

宮城学院女子大学 音楽ホール

 スイスのオルガン工房が製作、1985年完 当工房は組立・整音等を共同作業、以降の保守を任されていた。 2004年オーバーホール、この時、地震対策も行った。

 この楽器は組立時に危惧を感じていくつか問題点を指摘したのであったが、地震を知らないヨーロッパのオルガン製作者にとってはこれでも充分と言って聞き入れなかった。 オーバーホールの際には人的被害を及ぼさないことを主眼に補強を行った。 すなわち、倒壊の可能性を低めること、正面パイプの脱落を防ぐことに重点を置いた対策を施していた。

今回の地震では幸いこれらの対策は効を奏したようであった。 しかし、内部のパイプが多数倒れてかなりの被害をこうむることとなった。 内部のパイプも当工房であれば、4'域のFまではLehne(パイプの支え)で支える。 楽器を発注する段階で 《4'域のFまで》支えるように伝えておいたのであるが聞き入れられなかった。 オーバーホールの際に可能な範囲で支えを追加したり、支えを補強したりしたのであるが、完成後の楽器に手を加えるには限度があり、思うようにはならなかった。

  低音木管の固定法は非常に安易な方法で(フランスの楽器に多い)あったためオーバーホールの際にかなり改良したのであった。

しかし、一部木管が支えから外れたり支えごと倒れた結果多くの金属管をつぶすこととなった。 左の画像二つの矢印のところに倒れた木管が見えている。 これらの木管が倒れなければ、この部分では全く被害はなかったのである。

 これは、GrandorgueのC側、反対のCis側はほぼ同じ構造であるが、幸い無傷であった。 Cis側は木管が一本も倒れなかったからである。 Cis側は Lehneの作りが異なっているのが幸いしたのかもしれない。

Recit(スエル)内部の様子。 低音部の木管が倒れている。
またフランス式の紐止めのパイプも紐が引きちぎれて外れた模様。

 

 

 

 

 

 

大きなパイプが倒れると、そのパイプだけではなく、小さなパイプを多数傷めることとなる。

 一本のパイプが何本のパイプを犠牲にしたことであろう。
このパイプは天井から吊って倒れ止めをしてあった、残念ながら、倒れた木管によってこのパイプも一緒に倒れたようであった。

 このオルガンの破損パイプのうち重症パイプは持ち帰ることとした。
破損の状況によっては、オルガン内に置いておくとさらに変形が進んでしまう。 また設備と工具が揃った工房での作業の方が良い仕事ができ、宿泊など出張費の負担を掛けなくても済むからである。

 重症、軽傷の境目は、切開を必要とするかどうかによる。 パイプの足が損傷している場合にはどうしても切開が必要になる。 パイプ足と パイプ胴の間にあるKernと呼ばれる部分に損傷がある場合も同様である。

 これほど大量のパイプを持ち帰ることは想定していなかった。車内にはそれほどの場所の余裕はなかったので、でつぶれてもやむを得ない(いずれにせよ修理を要するパイプである)のでパイプを積み上げて持ち帰った。

 軽傷パイプは楽器内部に倒れ止めをして保管した。 風箱上では安定しない上にさらに傷を深める恐れがある。

 画像でも明瞭なように、4'程度のパイプが多数傷んでいる。 地震を知らないヨーロッパのオルガン製作者はこの程度のパイプをパイプ足の部分で支えるだけで良しとする。

  少々理解しにくい画像であるが、吹子の上である。中央に見えている灰色の円盤は鉛製の重り。 地震の振動で移動し、落ちそうになっている。
実は、この重りは3つあるうちの落ちなかった重り、他の二つは落ちた。落ちた重りの影響で右側に見えているメカニズムは乱れている。 この下には鍵盤があるのだが、幸い(本当に幸運なことに)、一個は鍵盤の跳ね抑えの鉄棒の上に落ちたのであった。 もう一個は鍵盤の高音側の側板に当たって鍵盤の外側に落ちた。 この何Kgもある重りは、奇跡的に鍵盤には損傷を与えなかった。

 2004年のオーバーホールの際に設けたアンカー(建築躯体に繋がっている)。
ワイヤーで風箱の台が倒壊してもオルガニストの頭上に落ちないようにすることを考えて付けた。 全体に脆弱な構造のこの楽器には心配が尽きないが、可能なことはするべきと考えて行った作業の一つである。

 今回の地震ではオルガン本体と建築との揺れによって、画像のようにオルガン後ろの羽目板を損傷した。 加えて右側の梯子も損傷を受けた。

  正面のパイプの上にあった、透かしの飾りが一部脱落してしまった。 比較的軽いので、それほど気にしなかったのは間違いであった。

 

  2011年9月初旬には一本のパイプも失うことなく、全ての修復作業を終えた。

宮城学院 礼拝堂

 

  ドイツの工房で作られた楽器、1969年に設置完了、組立・整音・調律をドイツ人の助手として行った。 1980年キャンパス移転に伴い、楽器の移転を当工房で行った。 当時は地震対策についてまだ認識は甘かったことを思い出す。 1998年にオーバーホール、この時本体の倒壊防止対策は行っていた。 まだ芸予地震でのオルガン被災を経験する前であった。

  芸予地震で自分のオルガンに事故があった後、この楽器の正面パイプの取り付けに不安を感じ、定期保守の度に作業記録に警告と地震対策を施したい旨記録して提出し、機ある毎に口頭でも要望していた。
  要望は聞き入れられて、昨2010年夏に対策を行うことができた。 本当に危機一髪で間に合ったと言えよう。

 正面のパイプは 昨夏地震対策をしていたのが効を奏して問題が無かった。正面パイプの足には昨年取り付けたずれ止めが見えている。 上部ではパイプ支えの固定を補強し、さらにパイプをオルガンの天井からワイヤーで吊った。

しかし、残念ながら内部のパイプは一部倒れて損傷を受けている。
わけても、Posaune16' 最低音C パイプが上部の支えから外れてしまい、倒れはしなかったが、下部で近くの小さなパイプを傷めることになってしまった。
昨年作業した際、人的被害には至らないことを確認して、それ以上のことをしなかったのであるが、悔やまれることとなった。

同様に人的被害は引き起こさないと思われた Principal16' C,Cis(内部管)には倒れ止めを施していたのに・ ・ ・ 申し訳なかった、反省材料である。

 この楽器では、4'領域のパイプは全くLehne(寄りかかりの支え)を使っていない。
倒れているのは Choralbass4' 低音部。

 後からLehneを付けるのは困難なので、外国からオルガンを入れる場合にはぜひとも4'FまではLehneに掛けるように要求して頂きたい。

 

 Lehneに掛かっていない4'領域のパイプが揺れれば当然Rasterが大きな力で揺すられる。この楽器でも、一見無傷に思われる部分であったが、点検すると多くのRasterの固定が緩んでいた。

 自分にとって、地震でRasterが緩むのは初めての経験である。 特に比較的大きなパイプがRsterで支えられている場合、地震によるRasterの負担は大きい。その意味でも実長4'域のFまではLehneで支えたいものである。

 Rasterのみで支えられていた4' Cパイプ。
全長1m30cm強のパイプが下からおよそ12cmの位置で支えられていた。 軽い傷のように見えるが、地震で揺すられてできたへこみは修理して、Rasterとの合わせをしなおさなければならない。

 

 

 

 

修理するには、足と胴を切り離し、さらにKernを外して行うのが正攻法であるが、手間がかかるだけでなく、整音にも大きな影響がある。

内部管の場合には実を取って、凹みの近くで足を切断して修理する方法を採用する。

足の凹みを修理する工具も製作をした。

左の画像は足の損傷部分付近で切り離した状態。 半田付けの準備のために塗料が塗ってある。

 

C 1本だけ、Hafteが切れた。
  円錐管で、上部が細く当然頭は軽めである。 にも関わらず、Hafteが切れ、Lehne部分が強くへこんでいる。 Cisには全く損傷がない。

  前記の音楽ホールのオルガンでも Gパイプのみ激しく損傷を受け、単純に考えればそれよりも損傷が大きくてもおかしくない C から Fis のパイプは無傷という現象が見られた。

  想像であるが、地震の振動周期とパイプの固有震動数が共振して被害を大きくしたのであろう。 地震動の方向も関係があるであろう。

  Hafteが切れると言うことは、初めての経験である。このHafteは私が1969年の夏に半田付けしたものである。 半田付けはしっかり付いて残っているが、Hafte根元から折れている。
左右に強く揺すられて、Hafteの根元も何回も曲げられて疲労してしまったのであろう。
  芸予地震の時に落下した16'のパイプでさえ、Hafteは変形こそすれしっかりと付いていた。
Prospekt(正面のパイプ)であれば、落下して人災になる危険がある。Hafteの材料の選定と個数選定には慎重にならなければならない。

2011年9月初旬には一本のパイプも失うことなく、全ての修復作業を終えた。

 


白石 Cubeのオルガン

当工房製作ではないが、一昨年よりメンテナンスを行っている。 基本設計は日本(参照) 工作は主に米国Austin 。 電子部分は 米国Allen製作。

 Diapason 8'の低音部が支えごと束になって倒れていた。 大きなパイプが隣接するMixturのパイプをつぶしていた。
Diapason の低音部は錫鉛合金製ではなく、このオルガンでは亜鉛が使われている。

当初は被害はこれがすべてかと思ったのであるが・・
一見無事に見えるが、弱くなっているところを発見、応急的に補強を施さなければならなかった。

 前記のパイプが倒れたために、近くの小さなパイプがこのように傷めつけられることとなった。 パイプの足がこれほど曲がってしまうと、修復するには切開せざるを得なくなる。作業はかなりの手間を要することとなる。

 他に Oboe 8' C の共鳴管がLhneの直上で折れた。 ちょうどその位置に共鳴管を継ぎ足している半田付け部分があった。 上拡がりの円錐形で、頭が重たい共鳴管が長さのほぼ半分のところで支えられていたために地震の揺れで大きな曲げの力がかかったのであろう。

 16'のリード管の支えに取付けてあった筋交いワイヤー。 ワイヤーの木部への取付けが弱く、またワイヤーが細かったので、木部に食い込んで緩んでしまった。

 上部にも後壁と繋ぐワイヤーがあったが、ターンバックルが弱すぎて変形し、外れていた。

 いずれも応急処置を施して余震に備えた。 これはC側、Cis側にもほとんど同じ規模のパイプ群が同じ構造で立っているが、Cis側には、ほとんど被害はなかった。地震動の方向との関係ではないかと推測している。

 これらのパイプは建物の中に裸で立っている。真上は舞台装置のキャットウォークで金網であった。 地震の揺れで天井から大量のゴミが落ちてきたのであろう。 漏斗状をしたパイプ共鳴管にゴミが落ちてリード部分に入り、発音できなくなっていた。
安全が確保できなかった上に、時間の制限もあったので、パイプ内部の掃除は次の機会とすることとした。

ペダルの8'パイプの固定が緩んで危険な状態であった。 壁面は石膏ボードなので、固定するには弱すぎる。

直交2方向につっかえ棒を壁に当て、広い面積で壁に力を伝えるようにする。
そして、その直行2方向の半角方向にワイヤーで引いて固定する、というアイディアが湧いた。
手持ちの資材で補強して固定を行えた。 ワイヤーの他端はしっかりした鉄梯子に固定できた。 これは応急ではなくこれで完了と見ている。


 このオルガンには多くのAllen社製の電子回路を使っている。幸い電子部分には損傷は見当たらなかった。 計らずも、電子オルガンが地震に強いことを証明する結果となった。
一部の音栓を除いてこのオルガンは使える状態とすることができた。 仙台で1日、ここで1日を追加することとなったが、帰途につくことができた。

  7月末になって、ホールから不調の連絡があった。電子音関係の故障のようであった。

他のオルガン修復作業のために仙台に滞在していた間に訪問。スピーカーへのケーブルの短絡が原因で保護回路が働いたのが原因のようであった。

本震で傷んでいた被覆が、余震でさらに傷んで短絡につながったのであろう。

 


栃木県 の ある教会

仙台滞在中に調査の依頼を受けて、帰途に立ち寄った。
目立たないが、建築にも被害は及んでいるとのことであった。

この教会は、そもそもこの楽器を修理することが可能かどうか、心配をしておられた。
手で作った楽器であるから、いかなる場合でも必ず修理はできると、私は自信を持って言える。

部品が無いから ・ ・ などと言うオルガン製作者が居たら、それはオルガン製作者のうちに入らないと考えるべきである。

 ドイツのオルガン製作者の作品。 すでに何回も記したように、4'程度のパイプにLehneを使っていない。 軒並みパイプが倒れ、小さなパイプをつぶしていた。

被災後時間が経過してしまったために、倒れたパイプの多くは足部分がRasterに当たってパイプ足を凹めたり曲げたりしてしまった。 こうなってしまうと修復はずっと手間取ることとなる。

このまま放置すれば、パイプの損傷はさらに進むことになるので、これらのパイプをオルガンから取り出して頭を下に(足が傷んでいるので)して垂直に立てて保管するように助言した。 余震に備えて倒れ止めをすることも必要である。

 

  Subbass 16' 低音部の木管である。 Lehneに木管を止めている木製Hafteが地震動に耐えかねて破損している。 このHafteの木目の取り方は弱い方向であり、割れやすい、私ならこうはしない。

 

  製作者が来日するとのことで、我々は調査と助言をして帰途についた。
来日して、少ない工具と材料で、これらのパイプを修理することがいかに困難か、想像に難くない。
  オルガン製作者としては、修復するのが王道と考える。
安易に新しいパイプに交換するという判断に至らないことを願いたい。
この程度の損傷であれば一本も失うことなく修復は可能である。

 


東京、某学院のオルガン

 

  このオルガンでは被害は写真の Oboe 8' Cの共鳴管が折れただけであった。
この例も、白石Cubeのオルガンで起きた Oboe 8'の折損被害と同じ原因であろう。


  但し、このパイプには長さのつなぎ目は無い、錫鉛合金製であり柔らかであったために、耐えなかったのであろう。 Cは破損したが、となりのCisは無傷であった。

 切開して、形を整え、補強を施して修理は完了している。


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Angefangen Mai.2011