オルガンと地震 VIII
東日本大震災 被災 考察 と 対策


 従来から、特に芸予地震で 当工房製作の楽器が被害をこうむってからは(参照 「オルガンと地震I」) オルガンの地震対策には注意を払ってきた。
オルガンは状況によっては人の命を奪う恐れもある。 水戸芸術館マナオルガン 正面パイプ5本の落下は 幸い人的被害をもたらさなかった
この設置場所としては、 まさに奇跡的な幸運 であった。

自分は地震対策はかなり真剣に行ってきたつもりであった、しかし、人知の及ぶ範囲は決して完全ではない。
   今回の被災によってまた多くのことを教えらることとなった。

「想定外」などと言うつもりはない、後悔することもある、残念に思うところもある、オルガン所有者に申し訳なく思うところもある
   全て正直に記したつもりである。
 今後とも気付いたことは随時追記載するつもりである。

 一方、楽器であることと、完全な耐震とは相容れないことも事実であり、運命に任せざるを得ない面もある。

オルガンが凶器になる恐れがあることを忘れてはいけない。

一本のパイプが倒れればその巻き添えになって何本ものパイプが犠牲になることを忘れてはいけない。

地震の規模(マグニチュード)、震度と 被害には必ずしも相関関係はないようである。  震度が小さくても被害が大きい場合もあるし、その逆もある。
地震動の振幅よりも、振動の方向や加速度が影響するように感じられている。

なによりも、オルガンを 設計する際・作る際 どれほど地震を気に掛けているか ・ ・ は最重要点であることを忘れてはいけない。
   下記の対策を参考にしていただきたい。



   修復不可能ということはオルガンでは絶対にありえない、手で作った楽器は必ず修復できる。   失望する必要はない。

   左の画像 上のように折れ曲がって歌口がつぶれたパイプも、下の画像のように完璧に修理して元の音を取り戻すことができる。 適切な工具とそれなりの技量を要することはもちろんであるが ・ ・ ・  (撮影倍率が異なるが、上下とも同一のパイプ)

   もし深く考えずに「修復不可能」と決めつけるオルガン製作者がいるならば、
それは 自称:オルガン製作者 であって信頼するに値しない。
古楽器の修復の例を見れば修理不可能なパイプなどある訳がない。

   損傷を受けたパイプはまず修理を考えるべきと考える。 他のパイプと一緒に何十年も日々音楽を奏でていたパイプを廃棄するのはあまりにも痛ましい。
 安易に新しいパイプと交換することはオルガン製作者の恥である。

「パイプを新品にしてくださってありがたい」 という感想は間違いである。

費用と楽器の価値をどう見るか? という問題は付きまとうのであるが ・ ・ ・


対 策

 すでに、対策編 I 対策編II において対策例を記している、それらを参照して頂いた上で、 今回の被災経験を加えて、ここに
まとめることとする。  オルガンを所有される多くの施設の方々に参考にしていただきたい。

@ 本体は上部において建築躯体と緊結すること。 脊の高い楽器の場合には中部においても固定することを勧める。
   本体は絶対に倒壊を許してはいけない、仮に倒壊しても、最低限演奏者側に倒れないで、その場で崩れ落ち
   るように・ ・ ・

   鉄筋コンクリート建築の場合、後付けアンカーとしてはケミカルアンカーが最も信頼できる。 間隔をあけて複数打設す
   ることを薦めたい。 アンカーに不要な負担を掛けないように締め付けは必要最低限とし、ダブルナットなどで緩み止め
   をする。  摩擦力を使うアンカー(メカニカルアンカー類)はよほど小型の楽器以外では無力と思ってよい。

   木造建築の場合は、柱・梁 など構造体に固定する、可能であれば構造体に長ボルトを貫通させて固定すれば信頼性
   が高い。 木ネジで固定する場合には複数のネジに負担が分散するように配慮する。
   建築とオルガンを繋ぐには鉄材を使うべき、木材はよほど小さなオルガンの場合にのみ使用可能であろう。

   本体の幅が広い場合左右(C側 Cis側)で引っ張り合うように揺れることがあるようである。 本体の破損を防ぐために
   左右をワイヤーで繋ぎ、本体が破損して左右が分離することを防ぐことも考慮する必要がある。

A 本体床面は 建築床と固定する。 これは倒れ止めとしての効果は期待できないが、位置がずれることを防ぐ。
   床の構造・材質 を理解して正しい固定法を見つける必要がある。床下の配管・配線・暖房等に配慮を忘れてはいけない。
   少数の強いアンカーよりも、多数の短いアンカーを使うのが効果的であるように思われる。

B 輸入楽器では、積み重ねで組み立てている(固定も接着もしていない)場合がある。 補強を必要とする場合が多い。
   ネジで固定する場合には、ネジの位置と本数に注意を要する。力が分散できるように配置。
   日本側の適切な助言を要する。 場合によっては強力に要求を突きつけるべきである。

C 本体の構造を良く観察して、重量物(主に風箱:Windlade 正面の大きなパイプ)をどこで受けているかを理解して、
   地震で負担がかかる部分の強度が充分かを検討する。 必要であれば補強を施す。
   状況によっては、中間部も建築躯体と緊結する。

D 16' の正面パイプは 最低 "F" までは天井から吊ること。 整音に影響する可能性があるので、配慮が必要である。
   可能であれば実長8' "F" まで天井から吊りたい。
   吊ることができない場合、 Lehneのピンを太くするよりも、ピン上部を引いて曲がり止めとすることでかなりの効果
   を期待できる (パイプを外さずに後付けが可能、短時間で実施可能)。
   正面パイプの落下は人命にかかわることである、安易な方法をとってはいけない。

E 実長4' "F" (足を含めたパイプ長 およそ80cm程度)まではパイプの上部に取り付けるLehne(パイプを支える寄り
   掛かり板)で固定をしたい。 外国の多くのオルガン製作者はこの点寛容すぎる。
   東日本大震災では、この範囲の内部パイプが倒れたために多くのパイプが道連れとなってしまった。

F フランスの楽器では しばしば、長めのパイプを紐で固定する方法を採っている。中には複数のパイプを束ねて紐で
   縛っている例もある。 地震には弱い固定法である。 紐を強いものに交換しておく、あるいは二重
   三重にする必要がある。

G Pfeifenstock(パイプ台)のパイプ足が挿さる穴の傾斜部分(蟻地獄型の部分)は十二分に深くすること。
   多少の揺れではパイプ足が穴から外れないように。
 (外国に製作依頼する場合、明確に要求する)

H 可能であれば全てのパイプに回り止めを設ける。 パイプが外れなくても、地震の際回ってしまうと調律のくるいとなる。
   大きな楽器の場合、現実には困難かと思われるが ・ ・ ・。

I 内部のパイプが揺すられてもRaster(パイプを足部で支える板)が耐えられるように強度に注意する。
   日本に置く楽器はヨーロッパよりも強く作るべきであろう。
   Eの対策とともに行えば効果は大きい。


J 送風管などの接続部に柔軟性を持たせる。 震災でオルガン各部の位置関係がずれた時に破損が
   生じにくいように
   オルガン製作者は木製送風管を使いたいと考えるのは自然であるが、震災時に変位が生じる可能性がある接続部
   分は間隔をあけ、皮革でたるませて接続する。 柔軟性を持たせて逃げを作るのが適切であろう。

K 吹子の天板の上に重りを載せることは一般的である。 載せるだけでなく落ち止めを設けるべきである。
   吹子の下にパイプやメカニズムがある場合には必須である。

L 演奏メカニズムの自動調整は風箱と演奏台の位置関係のずれを自動的に修正できる。演奏メカニズムの大きな
   破損を予防できる。
   さらに、大きな変位が生じた場合に大きな破損に至らないように、修理が容易な部分にヒューズ的な部分(他に先駆けて
   破損する部分)を設けておくべき
である。

M 輸入楽器であっても設置当初より日本のオルガン製作者と連携を持って協力関係を作っておくべき。
   日本側の製作者は、遠慮なく適切な助言・時には苦言をも呈する必要がある。
   被災した場合にも外国から製作者が来訪するのを待たずに、早い時期の対処は損害を減らすことになる。

N 地震直後に倒れたパイプは早目に戻しておくと損傷は少なくて済む(傾いたパイプは自重で変形してしまう)。
   パイプの一部分に損傷を受けた場合であっても長時間パイプが傾いたまま放置すると Kern や Labium にまで影響を及
   ぼしてしまい、修復作業が複雑になる。

O 普段からの不断の観察は特に大切。 定期的なメンテナンスは同一オルガン製作者が続けて担当し、常に観察と考察を怠
   らずに必要な策を講じるようにするべきである。

   メンテナンス時、特に正面パイプについて点検を行うこと。
     固定金具の状態だけでなく、足先端の変形にも注意を要する(自重で足先端が変形することはしばしば見られる、足
     先端の変形はパイプ固定金具に無用な力を負担させることとなり、固定金具の破損に繋がる可能性がある)。

   結果は緻密に記録し、次回のメンテナンスに、また将来のオーバーホールの参考にする。
   緊急を要する場合、オルガン製作者は楽器の管理者に作業実施を口頭のみならず書面で強く要求し提案する。
   楽器の管理者は緊急に必要な作業に対応できるよう、予算処置に予備費を計上しておくべきである。
   

   入れ替わり立ち替わりその時々に都合のよい、あるいは安い費用でするオルガン製作者に定期的なメンテナンスを依頼する
   例があるが、それでは、決して親身になった観察や考察は期待できない。
   ましてメンテナンスの結果判明した問題を次回のメンテナンスで修正することは期待できない。

この例のように せっかく危険を予知して記録を残したのにもかかわらず、それが記録だけにとどまるのではいけない。
単なる調律・調整だけでなく、よく観察し考察しながら定期メンテナンスを定期的・継続的に行うことが大切。

 

以上

オルガンが決して凶器になることがないよう祈念して、2012年5月9日完とする。

新しく気付いたことなど随時 追加・更新いたします。
気付いていないこと、間違いもあると思われる、お気づきの点は是非ご教示願いたい。ご連絡はこちらからお願いいたします。

 

 

 

【メモ】:


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