大学講堂にはカナダ Casavant(カサバン)製のオルガンOrganがある。 1989年設置であるから、15年ほど経過している。 31音栓を擁する比較的大きなオルガンである。 オルガンを専攻できる大学であるから、このオルガンは式典の時だけではなく、オルガンレッスンと日々の練習にも使われている。
輸入業務や組立の補助は日本を代表する楽器会社のパイプオルガン部門、仮にY社としよう、が行った。 保守もその後Y社が行っていた。
大学オルガニストから泊りがけの出張作業先に電話が入ったのは2003年12月の半ばであったと思う。
『オルガンのパイプに何かがぶつかって凹んでしまった、音が出ない、直してもらえないか』ということであった。
他所が保守をしているオルガンに触れることに気乗りではなく、
「Y社に頼んで欲しい」 と返事をした。オルガニストは 「常々、Y社の仕事には信頼がおけないと感じている。 日本人のオルガン製作者がこれだけ居るのだから、この機会に日本人に頼みたいと思っている。 学校を説得するためにも見積を出して欲しい」 と言われた。
出張中であり、すぐに訪問はできなかった。 写真をMailに添付して送って頂いた。
その晩Mailを開いて驚いた。 Principal 16' Disのパイプの歌口部分がつぶれている。
画像の右から2番目のパイプの歌口部分が完全につぶれて閉じてしまっている。 音が出ないのは当然である。 そして、背筋が寒くなった。 歌口がつぶれ、その距離パイプの本体は下がっている。パイプの重さのかなりの部分はパイプ上部の留め金(Hafte)に掛かっているはずだ。 その留め金は長時間パイプの重量を支えるようには出来ていない。 止め金がパイプの重量に負ければこのパイプは落下するのだ。100Kgちかい重量のパイプが落下して人に当たれば致命傷になることも考えられる。
既に夜であったが、私は出張先から大学の留守番電話とe-mail Adressで
「翌朝、即オルガン周囲は立ち入り禁止にすること、上部の留め金を点検すること」
を要請した。 幸い、留め金はしっかりとしており心配がないことが確認できた。このDisのパイプよりも大きなパイプが3本ある。 Disがつぶれているということは、それよりも大きなパイプはやはりつぶれる可能性がある。 それらの目視点検も依頼した。
パイプは錫鉛合金で出来ている。 柔らかな金属である。 鉋を掛けることが出来、鑿やナイフで削ることができる。
このパイプは自重でつぶれてしまったのだ。 歌口部分は最も弱いところであり、かつ下のほうにあるため、その上部の重量に耐え切れずにつぶれてしまったのだ。 パイプの足がつぶれる事はしばしば見かけるが、歌口がこれほどにつぶれた例は見たことはない。このパイプは材の厚さが不足していたのであろう。 その上歌口周りに補強が施してなかった。 足(円錐部分)には亜鉛で補強が施してあった。 せめて、天井から吊って重量負担を分散してあればよかったのだが ・ ・
Y社オルガン担当からは、
新しいパイプをCasavantへ注文して交換する
あるいは
Casavantから技術者を呼んで現場で修理してもらう
の二つの選択肢があるというアドヴァイスがあっただけで、それ以上の助言はなかったそうだ。Y社のオルガン担当には修理をする能力がないことは納得できる。
しかし、危険の可能性を予知することもなく、もちろん対策を立てることもなかった。 倒れ止めのロープを掛けること、その必要性すら思いつかないまま傍観していたのだろう。 これには私は本当に怒りを覚えたのだ。聞くところによると、Y社オルガン担当はこのオルガンは
『Casavantと学校が契約して買った楽器であり、
Y社は輸入手続などを代行したに過ぎない』
と言って逃げ腰であったそうだ。 メンテナンスを任されていたオルガンの問題に直面してこの姿勢を疑問に思うのは私だけであろうか?その後作業中に、 Y社が作った「パイプオルガン取り扱い説明書」がオルガンの中に残っているのを発見。
そこには 『組立・調整 Casavant社 Y社』 『輸入元 Y社』 と明瞭に記されている。ここに記した Y社のオルガン担当者 は退職し、現在の担当者は信頼に値する人物である。
記録 I 現地を訪ねて
記録 II 作業を引受けることに
記録 III 修理作業解説
記録 IV 修理作業解説 続き
記録 V Disパイプの修理
記録 VI Disパイプの修理 続き
記録 VII Disパイプの仕上がり
記録 VIII パイプの組込み
記録 IX 仕上げ、その他
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Angefangen 17.Feb.2004